2012年2月6日月曜日

・親爺さんのちょっとした東北支援のお話し

ちばらぎ鮟鱇(アンコウ)の会第3回例会


親爺さんはボクたちをおいてきぼりに2月4日、「ちばらぎ鮟鱇の会例会」という得体の知れない会合に出かけた。フラガールが全国キャラバンからハワイアンズに帰って来ている。応援に行きたい(?)。これは急な話だった。今回は真壁のひな祭り~常総市 長塚節の生家~大子町のシガの観察(ここまでは茨城だ)を経て東日本大震災・原発事故で休館に追い込まれたハワイアンズ(福島県いわき市)~フラガール支援の1泊2日の旅だというわけで、親爺から聞いた報告を報告しよう。

真壁のひなまつり 

「寒い中、真壁に来てくれる人をもてなせないか」という住民の思いから始まった真壁のひなまつり。 歴史ある町割りの中、300余棟を超える見世蔵、土蔵、門などが軒を連ね、その内の104棟が国の登録文化財に登録されています。平成22年6月29日には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 ひなまつり期間中は、そうした風情ある町並みの中に江戸から明治、大正、昭和、平成までのひな人形、手作りのつるし雛、地元特産のみかげ石で作ったひな人形などが飾られます。こうしたひな人形を飾る家は約160軒を数え、期間中に真壁を訪れる観光客は約10万人を超えます。(真壁のひなまつり・桜川市ホームページより)


311大震災で歴史的建造物も壁が剥がれ落ち、屋根瓦が落ちたままだ。


農民文学者 長塚節の生家へ

次は、常総市(旧石下町国生)へ。農民文学の不朽の名作「土」の作者である長塚節(ながつかたかし 1879-1915年)の生家に向かったのです。鮟鱇の会は結構文化水準が高いようだ。

長塚節の生家は豪農であり、とても立派な造りでした。母屋と書院が開放されていて、ちょうど、節の孫(生家の管理者)にあたるという方が東京からおいでになっておられ、口上をお聞きしました。


詳しくは → 常総市ホームページ

もうひとつ → イバラキノート

 


久慈川の氷花(シガ)

シガを見たのは生まれて初めてなのだと。何でも氷点下5度以下でそれが5日間ぐらい続いたときに、水中の水が凍りそれが水面に浮かび漂う現象なのだという。

2012.02.05,午前8時ごろ 久慈川


袋田の滝(上)も月待の滝(下)も氷結の時

久慈川の氷花(シガ) → 大子町企画観光課


・・・・・当然なのでしょうが
「泊った宿のよく暖まった部屋で呑んだ「氷花酒(シガ酒)」(要するに凍ったお酒だな)が何とも旨かったなa」と。

また久慈のソバも旨っなの。「ほんによかっぺおいらの久慈は」



さあて、初めてのハワイアンズへ

スパリゾート ハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)は、311東日本を襲った巨大地震・原発事故によって休館を余儀なくされた。

東北地方だけでなく、日本中が閉塞感の中におかれた。この時フラガールたちは全国きずなキャラバンに再び立ち上がったのだ。一回目はあの映画のように炭坑の町の娘たちは、「炭坑から観光へ」と炭鉱閉山によるいわきの危機を救うべくダンシングチームを結成しての全国キャラバンだ。

そして、鮟鱇の会がまだ一部だけ営業のハワイアンズを後にした3日後、2月8日にハワイアンズは全面再開したのであった。復旧工事42億円、それに新たに55億円をかけて新ホテル モノリス・タワーもオープンした。

しかし、宿泊料はそれなりで簡単には泊れない。スパとショーを楽しんでやむなく帰ることに。
・・・・・・・ちょっと待ってくださいよ。・・・それでいいのぉ。

今回の例会の最終目的がハワイアンズ フラガール支援だったのだが・・・・・

フラガールの雇い主は常磐興産株式会社。前身はM16年創業の常磐炭鉱株式会社でその後、昭和に入りコンクリート業、紙業などを設立。1964(S39)年に常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、常磐ハワイアンセンターを1966年1月にオープンすることになる。常磐興産となったのは1970年だ。
常磐興産株式会社を母体に、現在は
「株式会社常磐製作所」(機械・鋳物製造販売会社)
「常磐港運株式会社」(運輸・石油販売業など)
「常磐湯本温泉株式会社」(温泉供給業)
「小名浜海陸運送株式会社」(港湾運送業)
「株式会社ジェイ・ケー・インフォメーション」(旅行・広告代理店業)なども営む。


「“フラガール”は素晴らしい映画だったが・・・・深~く考えると本音のところは資本主義。大震災・原発事故で被災しハワイアンズは営業休止に。2011年度連結決算では22億28百万円の経常赤字で利益剰余金は△62億43百万円(総資本は576億62百万円)だった(11年度決算報告書)。

再び会社が危機に!・・・・・・・こんな時、労働者っていうのはほんとに頑張るんですよ。
そもそもこの人たちがいなかったら会社は成り立たない。

結構真面目な会社だとは思うけれども、これが真に「非営利・協同」の再建であったらもっと素晴らしく 映るんであろうが。
実は、親爺さんたちの「会社」は「地域の人たちと職員が一緒に頑張る非営利・協同の組織なのである」といつも自慢げに言うので・・・・あっ・・・こう言うことなのかと解るんです。

「会社の危機に、“再び立ち上がるフラガールたち”を悲劇のヒロインに仕立ててはいけないのだ」と親爺さんはつぶやくのでありましたとな。






2012.02.05 PM2:45 ショータイム


今回は、いきなり「鮟鱇の会」なるものが登場してきたがボクにはなんだかよくわからない。この次はこの鮟鱇の会についても追求しなければならない。







2012年1月31日火曜日

・TPP参加と医療~アメリカの狙い?

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日本のTPP参加が進行している。アメリカの日本の「KYOSAI」解体に関する想いはあからさまであるが、この混合診療の拡大これまた「悲願」(共同通信)だという。医療制度へ混合診療を持ち込んだのもアメリカであり、今は「倒産」したようだが、神奈川に自由診療を業とする株式会社の医療機関を開設させたのは構造改革の小泉内閣なのであった。共同通信がアメリカの狙いを説明した。以下、全文を引用したい。
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富裕層に恩恵、格差拡大 日本「皆保険」崩壊を懸念
「TPPと日本」「米国の狙い」医療制度



日本では健康保険証を持っていれば誰でも、いつでも、どこでも医療を受けられる。この「国民皆保険」制度が米国にはない。公的医療保険は高齢者向けなどに限定され、高額な民間医療保険に加入できない人が多い。

オバマ米政権は医療保険改革法を成立させた。しかし、米コロラド州デンバーで人材派遣業を営むスティーブ・ジェンキンスさん(51)は「抜け穴」があると指摘し、「病気になっても医者にかかれない人がいるのが米国の現状だ」と嘆く。

一方で「自助努力」を説く保守層は、医療改革に反対を強めている。

米国では、薬の価格も市場原理で決まる。革新的な医薬品は特許が切れるまで価格が高く、一獲千金を狙う医薬品会社による新薬開発競争が活発化するメリットがある。ただ恩恵を受けるのは富裕層で、薬を買えない人との格差が広がる。

日本医師会などは、日本が環太平洋連携協定(TPP)に参加すれば米国型の医療制度の導入を迫られ「国民皆保険は崩壊する」と心配する。

日本の外務省が民主党に提出した米側の文書には、公的医療保険の運用について「透明性と手続きの公平性の尊重を求める」と書かれている。

米通商代表部(USTR)高官は「新興国で米国の医薬品の販売を拡大するのが目的。日本とは(特許など)知的財産権保護の取り組みで協力したい」と釈明するが、日本の疑心暗鬼を招いた。

米政府がこれまでも日本の医療制度に口を挟んできたのは事実だ。公的医療保険が適用される保険診療と、適用外の自由診療を併用する「混合診療」の解禁は米国の悲願といわれる。米企業の競争力が高い医療機器や新薬、医療保険を売り込む機会が広がるからだ。

高度な医療を受けたい患者らの要望もあり、日本政府は2006年から一部、例外的に混合診療を認めてきた。業界関係者によると、「時間がかかりすぎる」といわれた新薬の認可も今では米国より迅速になり、米側は公式の場では日本に混合診療解禁を求めなくなったという。

米側が「TPPの原型として意識している」(米保険業界)のは、2月にも発効する米韓自由貿易協定(FTA)だ。韓国での薬価の決め方に不服がある場合、米業界が見直しを申請できる独立機関の設置が盛り込まれた。米国は日本の薬価算定ルール見直しも狙っているとの見方が多い。

民主党のマクダーモット下院議員は「製薬会社の利益優先」と、米政府の露骨な交渉姿勢に顔をしかめた。
(ワシントン共同)


※米医療保険改革

米国には医療保険に加入していない人が4千万人超いる。2010年、政府が補助し大多数の国民を民間保険に加入させる医療保険改革法が成立したが、公的制度導入は見送られた。一方、国民の自由を奪い保険に強制加入させるのは憲法違反だとして訴訟も起きている。環太平洋連携協定(TPP)の交渉では、医療保険制度自体は議題となっていない。しかし、米国企業がビジネス拡大のため制度見直しを求めることを日本の医療関係者は警戒している。
(共同)

2012年 1月30日 共同通信社


2012年1月9日月曜日

・今年もコブハクチョウが逆川に

ボクは親爺サンと(カミさんもしばしば付き合う)散歩ではない早朝のウォーキングに毎日励んでいる。親爺もオカミもボクのおかげで毎日運動ができると喜んでいる。

Walkingをはじめてもう今年は9年目なのである。ボクの年齢(とし)も今年の8月の誕生日で9歳になる。人間でいえば還暦ぐらいの歳であろうか。来年は歳で親爺さんを追い抜くことになる。

Walkingは2003年末の冬から始まり春・夏・秋~そして冬。雨の日も風の日も、雪の日も、冷たい霙(みぞれ)の日もある。ボクは何を隠そう・・・イヌであるから夏はつらいが、冬は毛皮を羽織っているし軽快だ。

通常Walkingは朝4時半から動き出し始める。1月のこの時間の外界は真っ暗闇だ。Walkingは文字通り朝飯前の運動である。今日は休日なのでゆっくり明るくなってから出かけた。

逆川緑地公園で2012年1月、あのコブハクチョウのご夫婦に今年も出会ったのだ。

2012.01.09 コブハクチョウの夫婦
今年もちゃんとヒナを孵してくれるだろうか。果たして放射能の影響はないのだろうか。
一番心配なのは放射能の影響だ。かかりつけの獣医さんは、「まあ水戸の野っぱらでも100Bq/kgぐらいは出ている」と言っておったわ。まあ草は食わない方がよいに決まっているが、ボクは短命だし歳だしなぁ・・・。胸焼けするしやっぱりムシャムシャやってるよ。


さて、このコブハクチョウの故郷はこの逆川緑地公園だ。3月中旬から下旬にかけて産卵~抱卵して5月初旬ごろヒナが孵るようだ。ヒナは公園のクローバーの新芽などを啄ばみ育っていく。ヒナがちょっと一丁前になると餌(人工?)の豊富な千波湖に行って年末年始ごろまでそこで暮らし、親はまたこの故郷でヒナを孵すようだ。お互いに相手が変わっている様子もなく、一夫一婦制の仲の良い夫婦なのだ。しかし、専門家でもないのであくまで素犬考えだ。


彼らはこの界隈の人気者で、散歩する人、ジョギングの人たちが毎年楽しみに迎えている。昨年は7羽、一昨年は8羽のヒナを孵したのだ。
「凄いねぇ。頑張るねぇ」と界隈の人々はいっぱい元気を頂戴しておったのであった。

今年は、311大震災・原発事故1周年だ。みんなが復興・脱原発を重ね合わせ昨年・一昨年を超える数の元気なヒナを孵してほしいと願っている。

2012年1月4日水曜日

・「Mr.Rabbi」(2)~生後6か月のその頃


ボクが生後4ヵ月目になる2003年12月には、そろそろ身体に免疫がつき屋外への散歩がOKになる頃なのだ。

この頃のボクは、外に出たくて出たくてしょうがなくおカミさんに駄々をこねた。カミさんはそれを察してか、リードをボクの口元にさし出した。ボクはそれをくわえて、誰がリードするでもなく自然にくわえたまま歩きだし、家の周りを歩き回っていた。今から考えれば、これも学習と言えば学習なのだ。

そうですね。千波湖に散歩に行けば、年頃の女の子チャン達から「わぁ~かわいい~」とかとキャーキャー言われ、モテモテでこの頃からもう「人気者」だったんです。今もどこに行っても人気者ですけど。(@_@。たはっ。

その頃のボクとおカミのツーショット。   Rabbi
 この次の画像をご覧あれ。そうした勉強で、今でもこうやってオヤジさんをつれて散歩をしているとな。

6年後のリードをくわえたボク。ほら。   Rabbi
しかしながら、ボクは決して「芸」というものはやらない。それは盲導犬や介助犬にラブラドール・レトリーバが圧倒的に多いように、おりこうさんで優しいといわれている、そのプライドが、芸をどうしても許さなかったのである。芸なんかやればなんでもできるのだがな。それに、モテたもんだから少しいい気になっていたかもなぁ。

そうこうしているうち、2004年の寒~い2月、帰郷出産のために次女の娘のみっちゃんが水戸に来たのだ。近くの病院で2月27日(閏年でもう少し待てば4年に一度の29日だった)に女の子を無事出産。産後の療養のために生まれたばかりの赤チャンと我が家に滞在することになった。
オヤジさん夫婦にとってはこの子は初孫で、とにかく可愛くてかわいくて仕方なかったようだ。

2月27日 キヌタン。
その頃のボクは広い?屋外で自由にしていた(屋外におかれた)が一人だととても退屈で退屈で・・・・・・・あぁたまんねぇ。
みっちゃんと赤ちゃんは1階にいたので、ボクはガラスの戸をガンガンたたき、中に入れろと吠えまくったそうな。かなりやかましいのだよ。仕方なく彼女たちは雨戸を閉め、シャットアウトを決め込んだ。そうして我慢できなくなり一週間ほどで東京に連れて帰ってしまったのだ。ごめんなさいWon!。
そんなわけで、子どもを守る母は強い。みっちゃんにとってボクは天敵だった。当時ボクとみっちゃんは最悪の仲だったのである。いつもニコニコしているが、実はその後遺症が残っているかもしれない。

10か月の頃のキヌタン。

女の子は「衣子」(きぬこ)と名付けられ、元気に育っていくことになる。そんなことは知らないキヌタンとボクはとても仲良しなのだ。ボクは2003年8月生まれなのでキヌタンとは同級生ということになる。

6歳のキヌタンとボク        Rabbi(2011/01/24)
しかし、2004年は茨城に移って三年目、この頃オヤジさんにとってその人生で最悪の時期が待っていたのであった。ジャジャ~ン。

2012年1月1日日曜日

・大晦日に娘たちがやって来た


オヤジさんたちは29日から年末年始休暇である。
ボクはいつも昼間は番犬として警備の仕事をするが、今日からしばらくはボクも休暇である。

31日大晦日、長女と三女と三女の彼氏の三人がやって来た。毎年誰かは帰ってきてくれるので楽しみにしているが、その時にならないと誰が来るかは分からない。

今年は大変な年だったが、年ごろの一文字は「絆」だった。国民のすべてがそう感じた年であったに違いない。
東日本大震災・原発事故でいまだに334,786人もの方々が避難生活を余儀なくされて正月を迎えようとしている。そして3,451人の方が行方不明である。
ボクたちは、被災された方々が一日も早く普通の生活に戻れることを心から願っている。そんな「絆」、連帯を感じながら新年を迎えたいと思う。

オヤジ夫婦が娘たちを駅に迎えに行った。ボクも一緒に行きたいのに置き去りにされた。今年の災難を振り払う大晩さん会の準備もかねて行ったらしく、なかなか帰ってこない。娘たちがお魚市場で買い物がしたいということで那珂湊まで買い出しに行ったということだった。これはここ数年恒例になっている。

5人は夕方近くに帰って来た。逢うのはしばらくぶりだったので嬉しかった。まあ退屈しないで済むしな。

地震被害か、仕事中の車両事故のお見舞い金を「余禄」と勘違いしたカミさんが豪勢なオードブルを買い込んだ。サービス精神が旺盛だ、というよりカミさんの食い意地だろう。

画像はこちらから
yon2のブログ 宴会

そして、生の鯨肉の塊もあった。うちは親戚中で鯨肉が好きらしい。彼らが酔って調子良くなれば必ずボクも鯨肉にあずかれるのだ。
宴会が始まり、紅白歌合戦も始まった。
「このクジラってほんとのクジラ? イルカちゃんじゃないの?」
・・・・・まずは動物愛護と環境問題で議論!
「私たち来年結婚します」
・・・・・って。めでたいめでたい.ほんとによかったね。
よく盛り上がったものだ。
そしてなんとよく呑む人たちだ。500ccと350ccの缶チューハイ24本がなくなり、ワイン、芋焼酎、高級麦焼酎・・・・・(*^_^*)(*^_^*)(*^_^*) とほほ。

この時間になるとオヤジさんはたぶん記憶がなくなっているに違いないのだ。
紅白が終わり、しばらくあいて2012年のカウントダウンがはじまり・・・3,2,1・・・
するとなんと どぉ~ん 花火の音。千波湖の「新年を迎えた花火」らしい。
きれいによく見えたよ。

ちなみに今回のNHK紅白歌合戦の視聴率は41.6%(前回比△0.3%)だったのだ。今回は「家政婦のミタ」さんがなんと40%という歴史的視聴率を記録したからNHKも大変だったろう(いずれも関東地区)。

大震災・原発事故の直接被災者の方々はほんとに大変な思いをしての年越しだ。
希望をつなぐ「25+9」、新たな決意で頑張らなければと思う大晦日なのであった。

2011年12月29日木曜日

・TPP参加と医療問題

「いつでも どこでも だれでもが 安心して医療が受けられる」という日本の医療保険制度の優れたシステムが、世界一の長寿国「日本」をつくりあげた。

しかし、その優れた医療システムのアクセスの良さは、健康保険被保険者本人が自己負担ゼロから一部負担200円となり、そして今日にいたっては3割負担となり、だんだん医者に行きづらくなってきた。

グローバリゼーション経済の競争下で、日本資本主義は急速な資本蓄積にまい進してきた。大企業の国際競争力のためのコスト削減などが激しくなり、今では大企業が史上最高の利益を出し、日本でも役員報酬1億円は当たり前のようになった。とくに外国人の日本法人役員報酬は高額ですねぇ~。
一方で、生活保護受給者が史上最高205万495人となった。これまでの最高は1951年、戦後の混乱期の204万6,646人で、60年ぶりに更新されました(7月集計)。生活保護法は1950年に制定されたものです(念のため)。しかも就労年齢層が増加していることで、その世帯を含む「その他の世帯」が2倍に激増した。

と言っているうちに厚労省が、9月末の生活保護受給者を発表。それによると受給者は206万5896人となり7月の過去最高から三か月連続で過去最高を更新した。受給世帯も前月から4099世帯増えて149万7329世帯となり過去最多を更新した。

この間の大企業のコストダウンが如何に激しいものであったかはかり知れない。同時に、これでは病人が病気になれない。つまり病気になっても医者にかかれない状況が99%の国民を襲っているというわけだ。
この国の経済は、最悪と言いながらも実は、GDPはこの前中国に抜かれるまでは世界第二位の実力国である。これがどうしても割り切れない問題なのである。

また、医師不足、看護師不足が、「医療崩壊」と言われるほど医療現場は厳しくなっている。当直勤務が終わった翌日に、また手術でメスを握らなければならない外科医、高度細密な技術を要求される産科や小児科、そこで頻発する訴訟。「いのちは地球よりも重い」はずが、求められる最高の技術と労働に対する診療報酬は不当なまでに低額に抑えられているというのが現状だ。

こうした展開は、2001年に登場した小泉首相(~2006年秋)の「構造改革」が大きな役割を果たした。小泉首相が衝撃的なデビューであったこともあり、多くの国民はこれに期待をもたされてしまった。街頭などで「小泉構造改革」を批判すれば、女子高校生までが「小泉ばっかり批判するな!」と罵声を浴びせるほどいつのまにか小泉氏は「人気者」になっていた。それはまるで阪神ファンばっかりの甲子園での阪神VS巨人戦。そこで阪神を罵倒するという感じの、周りは異様な雰囲気なのである。

この状況はいままた、大阪の知事市長選挙で、自ら「独裁者」と名乗る橋下氏をリーダーとする「維新の会」の台頭と、松井知事と橋下大阪市長が誕生。今度は国会に向かっている。こうした状況はナチス・ヒットラーが地方から出てついには中央を突破し、暗黒の独裁政権を確立した状況に酷似しているとさえ言われている。このように「国民的な閉塞感」が漂う情勢下で、それを何とか打破したいという多数の国民の願いを、良識的な民主的な政治変革の方向に進めることが、今こそ求められてるに違いない。
さて、今でも厳しすぎる医療の現状の下で、TPPによって医療が「崩壊」をくい止め良い方向に向かうのかどうかを医療の現場から探っていきたいと思うのであるが、もうすでに明らかなように、TPPで良い方向に向かうなんてことは考えられないのだ。

政府は医療保険制度は枠外だというが、それはTPPの24の分野に「医療」というワーキング・グループがないからにほかならない。
しかし、アメリカは日本のあらゆる市場で、例外なく市場の開放を求めている。医療サービスもそうだが、2004年にアメリカは、①医療サービスへの営利法人の参入機会の拡大、②PETなど高度な医療機器による外部委託の容認、③保険診療と保険外診療を明確に分けることと、混合診療の解禁を求めている。

実は、これらの一部は、すでに小泉政権下で実現されている。小泉政権が二度も、過去にない診療報酬の引き下げをやっただけでなく、2004年に「構造改革特区」という形で、高度な保険外診療を行う株式会社医療機関を解禁、2006年に再生医療の美容クリニックが開業された。混合診療は高度先進医療限定だが、「保険外併用療養費制度」という、部分的に混合診療が解禁されたのである。こうした意味で小泉構造改革が大きな突破口を開いたことになる。

言うまでもなく、この程度に収まったのは、医師会はじめ厚労省が反対に回って頑張ったことがあるが、何よりも医療機関やその諸団体の国民的な運動によるものであった。おそらくTPPでは、さらなる「解放」の段階を迫られることになることは間違いない。

関岡英之氏は、著書「国家の存亡~『平成の開国』が日本を滅ぼす」(PHP新書)の中で「日本の医療は、『医師不足』『医療崩壊』といわれる惨状に喘いでいる。・・・これは『構造改革』の名の下に断行された、過酷な医療費削減という失政がもたらした人災である。小泉政権下での二度にわたる診療報酬の前例のない引き下げは、医療従事者と患者の双方を激甚に痛めつけた」。としてさらなる医療と農業の破壊が・・・・・、少なくともこの二つは、外資を含む資本の論理と市場原理の導入をめざしたTPPのターゲットであるという。

さらに氏は東日本大震災で、「黒々とした濁流に呑み込まれていく美しい田園と孤立した病院の屋上で助けを求める白衣の人びとの姿は、日本の行く末に警告を発する、声無き悲痛な叫びなのである」。と述べている。


2011年11月23日水曜日

・TPP(環太平洋経済連携協定)問題の行方と展望


野田内閣はTPPへの参加を、予定を一日延期した11日夜に表明した。わざわざ延期までして、「国民の皆様のことを思うと心苦しいので・・・・」というアピールなのだろうか。

菅元首相が2010年10月1日にいきなり言いだしたTPPへの参加検討。
3・11東日本大震災と福島原発事故による未曾有の被災によっていったんは沈んだものの、国会での「早期決断」からはじまり経団連やアメリカ訪問など、外でみなさんと参加を約束していい顔をして来るというパターンでどんどん参加検討が進んでいました。

まさに覇権主義国家であるアメリカ(もちろん後押しは超大企業)と日本の財界の要求によることは明らか。超円高の問題だって誰かの仕業かも知れません。
「99%」の立場で考えれば、TPPによる恩恵は皆無でしょう。
大震災被災からの復興が第一にもかかわらず、それを棚上げしてTPP参加というのはないでしょう。

TPPはアメリカの基準に合わせて、すべての関税をゼロにするという協定で、日本国民のくらしのすべてにかかわる総合的なものです。
大震災被災県の農家は放射性物質の除染に頭をかかえながら命がけで頑張っているのです。TPPはそうした農家をはじめとして、農林漁業や中小企業、労働、医療、福祉・・・・、働く人びとの願いを叶えるものではありません。

もっとも、財界など「1%」は、グローバリゼーションの世界の住人であり、国内のことなど頭にないに違いありません。
そういう人たちに日本の農林漁業などを語っても「自由競争主義こそ農業を発展させる」と言うだけです。
医療の分野でも、「混合診療が拡大」「日本の保険医療が危ない」と言っても、「保険診療は枠外、そんな話にはなっていない」・・・・・と言うだけ。
しかし、医療は枠外ではなく話し合われているいることが明らかになっています。TPPの中身が国民の中に浸透すればするほど、参加に反対する声と共同の輪が広がっています。

そんな中、国民の食料と健康を守る茨城県連絡会は11月20日、講演学習会「TPPと私たちのくらし」を開きました。この講演を聞いてきました。
講師は東大大学院の鈴木宣弘教授です。

鈴木教授はTVをはじめさまざまなところで、決してブレることなく頑張っておられる方です。
この講演で25ページにもわたるレジメが配られました。もったいないのでこれを全文掲載し紹介したいと思います。

PDF(2.6M)で重たいので少々時間がかかるかも知れませんが。

こちらから(クリック)→  「TPPと私たちのくらし」

さらに深めたい方は 
鈴木宣弘・木下順子共著(筑波書房,2011年)